日本のプロバスケットボールってよくわからん~

Jリーグは入れ替え制度が1998年から導入されているので、過去に優勝したことがあったりJリーグ発足当時からのチームであっても成績が悪ければJ2に降格します。2013年度ではJ1から降格したのはジュビロ磐田、湘南ベルマーレ、大分トリニータがJ2に降格しました。そしてJ2からJ1に昇格したのがガンバ大阪、ヴィッセル神戸、徳島ヴォルティスです。降格があれば昇格もあると、とても分かりやすくなっていますがプロバスケットボールはどうかというと・・・通称BJリーグと呼ばれる「日本プロバスケットボール」があり、そしてJBLと呼ばれる「日本バスケットボールリーグ」があります。そしてJBLにもJリーグのように2部機構があって「日本バスケットボールリーグ2部機構」があります。でも、Jリーグと大きく違うところはJBLとJBL2では入れ替えが行われていないこと。これは大きな違いです。そうなると、当然ながらプロを目指すチームであれば最初からBJリーグを目指したほうがいいんじゃないか?!と思うのも最もなことで、新規参入するのはBJが多いようでしたが、2013年:平成25年に大きな動きがでました!!

日本のプロバスケットボールはどうなってる?!

BJリーグが発足したのは2005年:平成17年です。通称JBLのバスケットボール日本リーグ機構は、スーパーリーグなる1部と日本リーグの2部を運営していた団体です。このJBLはもともとは1967年:昭和42年に日本バスケットボール協会が主催して発足した「バスケットボール日本リーグ」でした。そして男女共同運営で、日本バスケットボール協会が主催するリーグ時代には、男子は「東京海上火災」「日本鉱業」「熊谷組」といった強豪があり、女子は「シャンソン化粧品」「共同石油」といった強豪がありました。その当時は実業団チームのスポーツ活動も熱心だった時代背景もありますが、今のような地域密着型ではなくて

企業が運営するチームといった形でした。もちろんこれは、バスケットボールに限らずサッカー、バレーボールもそうでした。

JBL

日本バスケットボールリーグ発足30周年を前にした1995年(平成7年)に、将来的にバスケットボールをブロリーグ化しようじゃないか?ということで、独立採算方式のリーグ戦システムを構築すべく、設立されたのが【バスケットボール 日本リーグ機構】つまりJBLです。そして3年後の1998年(平成10年)に、女子のリーグを別にして「バスケットボール女子日本リーグ機構」(略称でWリーグ)にして、男子のみのリーグ戦になりました。ちなみにまだこの頃は、「スーパーリーグ」ではありません~

いよいよプロ化になるのでは?!と期待が高まったのが2000年(平成12年)のことになります。JBLの1部リーグを2~3年プロ化することを前提にして、名前を改称しました。それが1部を「スーパーリーグ」そして2部を「日本リーグ」として、またさらにプロ化するための地域密着型運営に着手すべく、ホームタウン制を導入しました。この2000年には日本で初めてのプロチームとなった新潟アルビレックスも誕生しています。

「日本のジョーダン」と紹介されたほどの田臥勇太さんが、ハワイの大学を中退して日本へ帰国してくるぞー!!と大いに盛り上がり、田臥勇太さんが入部したのは、トヨタ自動車アルバルクですがデビュー戦は11月8日の試合には満員御礼の3,323人が田臥勇太さんのプレーをみるためにスーパーリーグを訪れています。これで大いに盛り上がるか?!!スーパーリーグ?と思われましたが、残念ながらホームタウン所在地とは関係ない地域の試合も多くて、ホームタウン制は実際には機能していない状態でした。そして間もなく分裂となります。

選手のプロ化

バスケットボール日本リーグが、JBL(バスケットボール日本リーグ機構)になったのが1996年(平成8年)、そしてその翌年の1997年(平成9年)にプロ契約選手が解禁となりました。今までは実業団チームの会社員的な感じです。例えば外山英明さんは青山学院在学時にユニバーシアードに出場していますが、大学卒業後に入社したのは「熊谷組」です。社員として入社するので、プロ野球選手のように球団と契約するのではなくて、社員として入社するラグビー選手と同じです。

プロ契約解禁になったことで、外山英明さんと長谷川誠さんが日本人初のバスケットボールのプロ契約選手になりました。これでいよいよプロ化が加速していくのでは??!!と思ってしまいますが、そうはならないんですね~ バスケットをプロ化リーグする話が出て10年以上もたぅているのに、なんとJBLスーパーリーグの運営はアマチュアでこの日本の状況に失望した将来が楽しみな有望選手は、海外への道を模索したりプレーそのものを断念するという状況でした。

JBLからの独立するチームが出る

初めてのプロ契約選手が誕生しましたが、なかなかJBLのプロ化が進まない状況の中で、JBLの実業団チームに動きができました。JBLスーパーリーグの新潟とJBL日本リーグ(JBLの2部)アンフィニ東京(現:さいたまブロンコス)です。親会社からの資金ストップが理由でした。それはチーム存続の危機になるので、企業ではなくチームを地域密着型へ方向転換です。そしてこの2チームに加えて、横浜ギガギャッツ、千葉バジャーズの4チームによるプロ化推進プロジェクトが立ち上げられます。2002年(平成14年)7月10日に、日本バスケットボール協会理事会で活性化検討特別委員会の新設が承認されての設立となりました。

独立

プロリーグ設立研究委員会を2004年(平成16年)1月23日に発足させて、JBLに対してプロリーグ化に対しての回答を求めていましたが、具体的な回答が出なかったこともあってプロリーグ化の進展と展望がみえなかったことから、新潟アルビレックスとさいたまブロンコスは、JBLから8月9日に脱退することになりました。そしてJBLの脱退とともに、プロ組織による新リーグを結成する方針を明らかにしました。

その具体的な内容は、「新潟アルビレックス」と「さいたまブロンコス」の2チームのほかに、全国の主要都市を本拠地とする6チーム程度が参加して『ホーム&アウェー方式での総当たり戦』で開催するというものでした。そしして、プロリーグ設立研究委員会を1月に発足させて約半年後の8月12日に。有限責任中間法人日本プロバスケットボールリーグ設立準備室を設立して、この設立準備室は翌年の2005年(平成17年)4月に株式会社日本プロバスケットボールリーグとなりました。

元々実業団のチームとして「新潟」と「さいたま」のバスケチームは活動していました。ところが、残念なことに実業団の親会社の支援がバスケチームに対して資金が打ち切られたことになったので、それを機にそれぞれが、地域密着型のクラブチームへと方向転換することになりました。そして2004年8月19日に、東京都内で開かれた臨時理事会がありましたが、脱退理由が規定の「解散(廃部)やチーム譲渡、並びにそれに準ずる事由」には相当しないという理由から、JBLの脱退が認められなかったことに加えて、現行のリーグ戦に所属しているチームなどからの抵抗もあったこともあって、プロリーグ化の実現することはなかなか難しいという点も懸念されました。

そして「新潟」と「さいたま」のはJBLではなく、新しいリーグを結成することを2004年11月24日に発表します。それが【bjリーグ】です。【bjリーグ】の開幕を2005年(平成17年)11月を目指して、リーグ戦構想は、『地域密着型』を前提にしてのリーグ戦構成を目指して取り組むことを明らかにしました。【bjリーグ】に参加チームするチームには「新潟」と「さいたま」の他に、宮城県と東京都、大阪府、大分県の4チームを加えた6チームとなりました。宮城県は「仙台エイティナイナーズ」(89ERS)、東京都は「東京アパッチ」、大阪府は「大阪エヴェッサ」です。「大阪エヴェッサ」は当初は「大阪ディノニクス」というチーム名での参加予定でした。大分県は「大分ヒートデビルズ」です。

そして元々実業団チームで、日本リーグに属している「新潟」と「さいたま」は2005年(平成17年)4月13日に、都内で開催された理事会で日本リーグからの脱退が正式に承認されました。日本バスケットボール協会のほうでは、特例処置での脱退承認となりました。その理由には「プロリーグ参加を脱退の理由にするものではないものの、プロリーグ作りをする意志に変りがないため、これ以上説得しても難しい」という判断からでした。

JBLの方では・・

日本リーグに属している「新潟」と「さいたま」がJBLから脱退しましたが、JBLの2部リーグのほうではどうなってのでしょうか?!JBL2(日本バスケットボールリーグ2部機構)の方では2013年(平成15年)から、新リーグへ再編されました。新リーグはナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)に下部リーグをおく2部制がさいようされることになって、JBL2から「つくばロボッツ」と「兵庫ストークス」はNBLに参入して、「日立電線」「石川ブルースパークス」をのぞいたほかのチームは、NBLの下部リーグの「ナショナル・バスケットボール・デベロップメント・リーグ」つもありNBDLに参入しました。

いまだに日本のバスケのプロ化は混雑中

2014年11月現在でも、日本のバスケットボールをとりまく環境は混雑しています。もちろん将来的にはプロリーグ化をすること目指していることは間違いありませんが、なかなか難しいようです。日本リーグはナショナル・バスケットボール・リーグのNBLに名前を変えていますが、NBLにはプロチームと実業団チームが混在しています。日本代表選手もほとんどがNBLに所属している選手がメインになっていますが、bjリーグの方はどうかというと、全国各地にチームがあるので地域密着型でファンの支持も高く人気があります。外国人登録人数やルールなどもNBLとbjは違っているので、現在は日本にはふたつのバスケットボールリーグがある状況になっています。

bjリーグの方では、観客動員数はだんぜんNBLより観客動員を誇ります。全体の平均の数でみるとbjリーグは1570人でNBLは1313人です。ところが待遇でみるとどうでしょうか。詳しい年俸までは分かりませんが、NBLには実業団チームがありますが、世界的企業のトヨタ自動車や日立、東芝、アイシン、三菱電機といった企業が名前を連ねています。もちろんそれぞれが専用体育館もあり、給料も高いというのが実業団チームの選手になるので、トップレベルの大学生が将来を考えた時にはNBLの方へ行きたがる選手が増えます。NBLの方がバスケットボールのレベルとしてはbjよりも上といわれるのは、それが理由になります。

地域密着型で観客動員数を上げていることが、チーム存続の要になるので盛り上がる試合はどっちかといえば、それはbjリーグの方になります。NBLの中で企業チームではないのが「リンク栃木」です。「リンク栃木」には親会社なしにはなっていますが、NBLの中で断トツのずば抜けた業績をあげています。親会社がいないにもかかわらず断トツの業績を上げている理由には、「スポンサー」の存在があります。NBLだけではなくbjリーグの中でも抜群の業績を「リンク栃木」があげている理由には「スポンサー」です。「リンク栃木」のスポンサー収入は2億円を超えています。そしてこのスポンサー利益が、「リンク栃木」の総収入のうちの半分を占めています。

どうしてこんなにスポンサー収入を「リンク栃木」があげることができるのかといえば、それにはひとりのバスケットボールプレイヤーの存在抜きでは語れません。日本人で初めてのNBAプレイヤーとなった【田臥勇太】さんの抜群の知名度と実績がスポンサー契約を得ること、そして観客動員数にも結びついています。もちろんそれだけではなく、地域密着型としてチアダンススクールとバスケットボールスクールを開講しているので、その収入もチーム全体の収入のうちの約1割を占めているので、収入源の柱にもなっています。

NBLには実業団チームと、「リンク栃木」のような企業チームではなく地域密着型のチームもありますが、「リンク栃木」の方がNBLの中では珍しいチームです。bjリーグの方では企業をもたないのがごく当たり前になっているからです。国際バスケットボール連盟のFIBAから日本バスケットボール協会(JBA)に言い渡されたことは、日本でふたつのリーグが混在していることを一本化することが急務になっています。東京オリンピック開催を控えていることと、田臥選手に続く有望な若手プレイヤーを輩出するためにも、日本のバスケットボールの発展のためにもひとつのリーグになることが好ましいのは間違いありませんが、もちろんその他にも、協会内部組織であったり、体制の改革などが必要になっています。

日本のプロバスケとNBAをとりまく環境はどうなってる?!

日本人初のNBAプレイヤーとなったのは田臥勇太です。NBAのスピード感あふれるプレーは目を見張るものがありますが、1970年代後半のNBAはリーグそのものも存続の危機に面した時代もありました。剛腕コミッショナーの存在で、アメリカ本土だけでの人気にだけではなく、世界中にファンを増やしたNBAはどのようにファンを獲得していったのでしょう~!日本のプロバスケの将来もそこに答えがあるかもしれません。